2010,11,20
母は実兄が早世したため、兼平家から養子に入った太郎と結婚した。
そこで、姉、私、妹が生まれた。
父も母も、歌人であったが、万葉的な父の歌より、現代的な母の歌の方が、中央の歌壇に採用されることが多かった。
ともかく、父も母もよく勉強する人で、子供たちはとてもかなわなかった。
父も母も尊敬されていた。
母は最期まで自分で箸を握って食べており、介護者は、
「こんな人はいない」
と感心していた。
私たち子供は、母を、
「フキさん」
と敬愛した。
安倍家の全景。
特別の客の入り口。
客間控えの間
門構え。