NGOカトマンドゥ日記

ネパール大地震(復興への小さな一歩)

2015、11、16

見渡す限り、仮設、仮設、そして仮設。
ネパールの人々は、本当に辛坊している。
今、インドからの輸入が止まっている。
ガソリン、軽油、灯油、プロパンガス、等々。
ガソリンスタンドは、来る当てのないガソリンを求めて、車列が100mも続く。
私たちは、1リットル700円の闇のガソリンを買い、2台のランドクルーザーを超満タンにして、
使わない日も一緒に留めておいた。
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仮設には、壊れた家からトタンを持ち出し、屋根にする。
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旧い木も、トタンも、シートも、なんでも使って仮設を作る。
私たちが配った400枚以上のトタン板も、仮設の屋根や壁に使われた。
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# by ngokathmandu | 2015-11-16 10:35 | ネパール植林地

ネパール大地震(復興への小さな一歩)

2015、11、15

タマン族を見ていると、昔の日本の人たち、特にお百姓さんのようによく働くのが分かる。
ナムロー(背負い紐)を地面に、自分と十字になるように置く。
その上に、藁の束引っこ抜いてを19、互い違いに置いた。
次にその上に寝る。
いや、横たわる。
ナムローを徐々に締めて、藁の19束の重みが、自分の額に集中するようにする。
草をつかんで、立ち上がろうとする。
後ろから、姉が背負い易いように、大束を押し上げる。
荷は、ついに一人の女性の額に集まった。
ようやく立ち、よろよろと、2、3歩歩む。
しかし、それからの足取りは、しっかりしていた。
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地震発生からほぼ半年、倒壊した建物には草が生えていた。
復興は未だないに等しい。
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倒壊した建物を片づけるのにも、トラックが必要だ。
今はガソリンが輸入せず、バスさえ動いていない。
復興は遠い。
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# by ngokathmandu | 2015-11-15 10:16 | ネパール植林地

復興の小さな一歩

2015、11、13

やっと、鋼材や砂、木材を、建設現場へ運んだ。
しかし、国境付近の騒動は収まっていない。
闇でガソリンが買えた私は、未だ良かった。
今、国民生活がさらに窮乏している。
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鋼材を運んで来た。
トラックのガソリンはどこから・・?
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組み上げた鋼材を、立てるトレーニングをしている。
ここまでに、スタッフはどれだけ苦労をしているのだろう。
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# by ngokathmandu | 2015-11-12 21:07 | ネパール植林地

復興への一歩

2015、11、12

マネ村のミンクマリさんの家の前は、瓦礫を片づけていた。
それから、穴が6つ掘られた。
鉄筋コンクリート造りの、モデル住宅を建てるためである。
復興の小さな一歩が、始まろうとしている。
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整地されたミンクマリサンの土地は、細いロープでしるしを付けられた。
あとで、日本から、伸びちじみがしない凧糸を持って来た。
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穴がほられる。
ここへ、鉄骨を組み合わせた、支柱が立つ。
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# by ngokathmandu | 2015-11-12 09:43 | ネパール植林地

復興(その小さな一歩)

2015、10、18

昨日、同級会が松本であった。
18人が参加した。
入学したとき60人だった同級生は、卒業の時は57人だった。
52年のときが流れた。
今、37人が残っている。
皆に、ネパール大地震のスライドを披露した。
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タマン族のマネ村は、故アイマンシンさんが率いて10万本の森を残した。
アイマンシンさんは、胆道系のがんで亡くなり、奥さんのミンクマリさんが遠縁の者といる。
そして、地震で家は壊滅した。
私も何度も泊めてもらった。
ゲリラがライフルをもって山を下って来た時は、匿ってもらった。
再建の第一号は、ミンクマリお婆さんの家にした。
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植林前のマネ村。
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植林25年後のマネ村(同じ場所)
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# by ngokathmandu | 2015-10-18 09:25 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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