NGOカトマンドゥ日記

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水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、31

モデルハウス(仮称)を作ることにした。
今までの建物は、どこに欠陥があったのだろう。
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倒壊の現場。
レンガが散乱している。
ネパールでは、ほとんどの建物でレンガを使う。
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レンガを使うな、と政府が言った?ところ、ブーイングが起きた。
首都の周辺は、大きなレンガ工場がいくつもある。
レンガなしに、どうやって作るのか?
言ったのは、レンガ業者だけではあるまい。
セメントが糊の役目しか、果たしていない。
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by ngokathmandu | 2015-08-31 18:24 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、22

植林をしている7日村4000人の村々では、壊れていない家が皆無である。
一見、何ともなさそうでも、人々は外で寝ている。
中を見せてもらうと、多数のひび割れがある。
とても中で生活しようとは思わないだろう。
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セメントを500袋使ったグンバ(チベット仏教の寺)は、壊れていない。
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セメントを一つも使っていない家。
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by ngokathmandu | 2015-08-22 21:28 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、22

ネパールの建物の多くが、特に農村部では、地震を考慮していないことが分かる。
今度の地震で、貯水タンクが壊れていなかった。
レンガは使ったが、すべてコンクリート造りで、両側に厚いコンクリートで覆った。
他の同じような被害があった郡に比べ、水に関するトラブルがなかった。
水は森から湧いて貯水タンクに集められ、いつものように皆が使った。
水がなかったり、不足したことも、争いになることもなかった。
ついでに言えば、援助物資をめぐっての争いもなかった。
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復興支援金の配布。
植林祖組織を通して行った。
コケ村にて。
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by ngokathmandu | 2015-08-22 11:31 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、17

一時、レンガを使わない建物を、と言う耐震建築案が出た。
これにはレンガ業者が反対した。
サーノティミ村のみならず、首都の周辺はレンガ工場が多い。
レンガ産業も大切だ。
実際の、地震で壊れた建物を見る。
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このレンガの山は、一瞬に建物が崩れたことを意味する。
横揺れに弱いのだ。
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こんな光景は、町でも、村でも見られた。
レンガをセメントを糊として、くっつけている。
これではだめと言うことだ。
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by ngokathmandu | 2015-08-17 12:55 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、16

一家族当たり15、000ルピーの政府支援金を、首都カトマンズの周辺の人々はもらった。
トゥプチェでは、7000ルピーをもらっている。
あとの8000がいつ来るのか、誰も知らない。
オッカルドゥンガの人は、誰も貰っていない。
我々のNGOカトマンドゥは、死者に弔慰金10、000ルピー、全壊の建物に10、000から20、000ルピーを出すことが出来た。
寄付が多かったからだ。
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この辺に、モデルハウスを作りたい。
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耐震で丈夫なら良い、と言う物ではなく、ちゃんとタマン族の風習に合っていなければならない。
囲炉裏とか、穀物置場とか、仏壇などの位置がある。
例えば、ネワール族は一階では食べ物を作らないが、タマンは作る。
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by ngokathmandu | 2015-08-16 10:09 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、13

こうして、キプサン地区に食料が届いた。
昔あったグンバ(チベット仏教の寺)は崩壊し、仏像を納めていた蔵も倒壊したと言う。
ようやくそれらの写真が届いた。
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辛うじて収容された仏像。
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蔵の全景。
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by ngokathmandu | 2015-08-13 10:23 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、9

初めて、カウレ村のボランティア活動を見た。
カウレ村から、50キロの米を担いで、どのくらいの時間がかかるのか?
他人のために、大きな汗をかいたに違いない。
いつの日か、ヘリではなく、歩いて行きたい。
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米は、30キロの袋である。
きっと、交代で担いだろう。
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by ngokathmandu | 2015-08-09 21:03 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、8

結局、7月15日に、カウレ村のグンバ(チベット仏教の寺)に集積されたコメは、青年たちのボランティアグループによって、担ぎ上げられた。
今年初めて、この村も植林をする。
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これから、キプサン地区へ、米を担ぎ上げるボランティアグループ。
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by ngokathmandu | 2015-08-08 09:28 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、7

村びとは、ネパール語とタマン語で、
「ここはキプサン村です」
「ヘリが降りた場所は、旧いグンバ(チベット仏教の寺)のあった跡です」
カウレ村の上部、ほとんどフィクリ村に近い場所だ。
では、なぜヘリはここへ降りてしまったのか?
答えは一つだ。
「この村を救え」
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ヘリが降りた場所は平地で、周りはとうもろこしの畑だった。
村びとは、寺の跡を耕さず、あえて残しておいたのだ。
ヘリに積んだ200キロの食料はあまりに少なく、恥ずかしかった。
「後で、米500キロを担ぎ上げますから」
そう約束し、離陸した。
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by ngokathmandu | 2015-08-07 19:03 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、8、7

眼下に、平らな、草が生えていないヘリポートが見えた。
フランス製の小型ヘリは、楽々と着地した。
1時と7時の方向に家が見えた。私と機長は別々の方向に歩き出した。
だが、湧いたように、急に村人が集まって来て、我々を囲んだ。
「新しいグンバ(チベット仏教の寺)はどこですか?」
「ずっと下です」
「歩いて、2時間かかります」
「ここはどこですか?」
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トゥプチェに入る手前の地点。
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我々が偶然降りた小村へ、カウレ村のボランティアが、これから米を運ぶ。
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by ngokathmandu | 2015-08-07 13:26 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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