NGOカトマンドゥ日記

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水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、27

一番心配なのは、水だ。
しかし、貯水タンクは壊れておらず、水は今まで通り各家庭で飲めた。
コンクリート製の構造が良かったのかもしれない。
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コケ村の貯水タンク。
ここから配水される。
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貯水タンクから、家庭へと流れている。
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山の上の集水タンク。
ここに集めた水を2キロ下へと導く。
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by ngokathmandu | 2015-07-26 14:25

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、26

帰国した7月12日以降も支援活動は続いていた。
25年間の植林の組織が、そのまま残っている。
どの村の人たちも、スタッフにとっては顔見知りであった。
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トゥプチェ第2地区で、支援物資を配るスタッフ。
背後の森は、健在を示す。
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皆、見知った顔である。
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by ngokathmandu | 2015-07-26 07:40 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、24

カウレ村のブディが、マネ村まで下りて来た。
私がヘリで下りたことを、知っているからだ。
彼にとりあえず20万ルピー(246、000円)を渡した。
グンバ(チベット仏教の寺)の亀裂を修理したり、法要のときの出費のためだ。
「後で、30万ルピー(370、000円)を渡すから、うんと喧嘩してね」
皆、大笑いだった。
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森は、マネ村でも健在を示していた。
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by ngokathmandu | 2015-07-24 21:25 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、20

マネ村も死者を出しただけでなく、家畜が多く死んだ。
その臭いが今も漂っている。
ミンクマリは、ゆで卵をギーで炒め、ベサールをまぶしたものや、カシの肉を煮たのを食べろとか、傍に付いて勧めた。
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倒壊したマネ村の植林センター。
ここで寝起きしていた。
壊れてみれば懐かしい。
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by ngokathmandu | 2015-07-20 16:28 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、19

二人は間に合った。
ミンクマリの世話をしている若い夫婦は、瓦礫の中から這い出して来たが、どうしてよいか分からずにいる。
ミンクマリが救出されたのは、それから3時間後のことだった。
コピラジの息子たち、テクマンの妻、下の息子も救出に加わった。
良く生きていた、と正直、皆が思った。
実は、私のもとに、第一報は亡くなりました(ビテコ)と電話があったのだ。
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元気になったミンクマリさん(中央)
左は、ロク・タパさん。
右は遠縁の嫁。
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by ngokathmandu | 2015-07-19 12:11 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、18

マネ村のカジマンは、昼食が済み、さて濁酒を一杯飲もうかと甕のふたを開けた。
柄杓を突っ込み、皿になみなみと注いだ。
それを口まで持ってこようとした時、激しい揺れが来た。
家族と共に外に出たが、それから丸2日、酒を飲むことが出来なかった。
素面だったのは、人生で初めてではないか・・。
「手を貸してくれ」
と、コピラジが道でどなった。
すぐコピラジの意図を察したカジマンは、一分もかからず、ミンクマリの家に着いた。
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空から見て、きらっと光るのが仮設のトタン板。
黄色や青は、仮設にビニールシートを使ったもの。
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by ngokathmandu | 2015-07-18 20:05 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、18

タマン族の村マネでは、大地主のコピラジが瓦礫の中でもがいていた。
昼前で、家族は食事中だった。
瓦礫を押しのけ立ち上がると、家の前半分だけが壊れたのが分かった。
残りの家族4人は、皿を持ったまま、茫然としている。
「大変だ。ミンクマリ大叔母を助けなくては・・」
大叔父のアイマンシン長老はすでに亡くなり、ミンクマリは遠縁の娘夫婦と暮らしていた。
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崩れ落ちたミンクマリさんの家。
ここで宿を借りたり、昼食をご馳走になったりした。
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by ngokathmandu | 2015-07-18 09:18 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、17

シバ神を祭る祠の近くで商店を営むラビンドラの妻コマラ(40代)は、ツボルクのビール瓶を二本持ち、まだ空きのある冷蔵庫に入れようとしていた。その瞬間、今まで経験がない縦揺れに転び、次に横揺れで壁に全身を打ち付けられた。レンガが外へ全部飛び散り、壁にぽっかり穴があいた。それからどうなったか記憶がない。あちこち血を流して、ともかく瓦礫の中に立っている。雨が顔に当たり、はっと気づいた。なんと言うことだ。夫は外出している。子供二人は、友達の家に遊びに行っている。全身が凍った。私はこの先、たった一人で生きて行かなくてはならないのか・・。
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トリスリ河沿いの家が倒壊している。
元はどんな家だったか分からないほど、瓦礫に化している。
ヌアコット郡のどこでも、こんな光景が展開していた。
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by ngokathmandu | 2015-07-17 19:41 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、14

バンダリはとうもろこし畑を耕していた。
一瞬横風を受け、倒れた。
起き上がってみると、自分の家が無い。
家のあたりから、赤と黒の煙のようなものが立ち上っていた。
トリスリ河沿いの家々が、同じように煙に包まれている。
昼前だから、まだ家には妻がいる。
バンダリは激しい揺れに、少しでも家に近づこうと、必死に這って進んだ。
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レンガと石と土の塊。
かって生活した家々は、瓦解してしまった。
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by ngokathmandu | 2015-07-14 19:30 | ネパール植林地

水の森は死なず(ネパール大地震)

2015、7、13

「大きな地震があったわよ」
5月25日、本多まや(旧姓ドゥルガ・タパ)さんから電話があった。
夕方だった。
その時、私もNHKテレビを見ていた。
パタンの寺院が壊れる瞬間の映像が、繰り返し画面に出た。
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ババナート・バンダリさん。
1990年に植林を始めたころからの功労者である。
彼の話は次回に・・。
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左右の二階が落ち、一階だけになった家。
上に、私たちが支給したトタンを、屋根としてかぶせてある。
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by ngokathmandu | 2015-07-13 21:23 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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