NGOカトマンドゥ日記

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オリーブの一葉

2015、4、30

講演会場である上智大学へはいる交差点には、次第に学生たちが集まって来る。信号が変わると、皆は若い息吹に囲まれるように歩き始めた。
会場にはどういうルートで知ったのか、大勢のネパール人も出席していた。
日本にいるネパール人の数は二万とも言われる。留学生や就労ビザのある人と、残りは毛派から逃げるか、観光ビザがとっくに切れたオーバーステイのひとたちである。

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マニ車が作られつつあった。
故アイマンシン老の甥のコピラジは、
「今度は今あるグンバ(チベット仏教の寺)を大きくしたいと思います」
と謎を掛けて来た。
たぶん、そっちの方をよろしく、と言う意味だろう。
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by ngokathmandu | 2015-04-30 19:00 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、29

人権委員会の議長ならさぞかし長老タイプの人かと思えば、以外にも大学院を出たくらいにしか見えない年齢だった。
「ナマスカール、ドクトル、アベ」
「ナマスカール、パタック、ジ。スリマティ、ジ、ポ二、ナマスカール」
私たちは話しながら一緒に路上へ出た。

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新しく道路が出来ていた。
私たちが昔作った村道は、寸断されてしまっている。
これも時代の流れなのか・・。
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by ngokathmandu | 2015-04-29 10:18 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、28

3月9日になった。
四谷駅に着くと、打ち合わせ通り、東京寄りの出口から階段を上る。
改札口に高岡とネパール人の若い男女がいた。
「まさか、パタックさんと奥さん?」
高岡は笑いながら胡麻塩になった坊主頭を撫で、軽く首を左に傾けた。日本では否定の仕草だが、ネパールでは肯定のしるしである。

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ネパールでの植林は、ともかく水を運んではかけ、また運んではかける。
これしか無いのである。
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by ngokathmandu | 2015-04-28 08:31 | ネパール植林地

オリーブの一葉

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マネ村E斜面の石垣は、私の胸まである。
バランスの良い若いスタッフは、ガグリ(水ガメ)を担いだまま越えて行く。
私は何も持たないで、手を掛け足を掛け、よじ登るのがやっとである。

2015、4、27

(パタック氏の)講演だけではもったいない。東が走り回って、国会でネパール議員連盟の何人かに会う手筈を取っていた。
「本当は、首相の経験がある橋本龍太郎氏にも、会ってもらいたいのです」
と東は続けた。橋本氏は日本のエベレスト登山隊総指揮を勤めているから、ネパールでは知られた顔だった。しかし、議員事務所と連絡を取っているが、実現は難しそうだ。
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by ngokathmandu | 2015-04-27 20:08 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、26

安曇野のワサビ畑は、後楽園球場の16倍の面積がある農場になっている。雪が残っていた。夏と違い、黒いビニールの日除けが外されているから、ワサビ畑も、収穫したワサビの加工場も、広々と見渡せた。
来たアルプスの常念岳や燕岳から、何年もかかって地面を潜ってきた豊富な清水が、隅々まで引かれている。
パタック氏の来日は、確実であることが分かった。

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水が村へ引かれるようになると、野菜が出来るようになる。
囲いの中はジャガイモである。
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by ngokathmandu | 2015-04-26 08:27 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、25

「協会で宣言案を作りたいのです。理事会もなんとか説得できるまでになっています」
蓮見は、静かだがきっぱりと言った。私は胸が熱くなった。彼らは奔走し、私には夢想だったことを実現させようとしている。
良く2003年1月、北アルプスからの風は冷たく、安曇野は濃い霧の中にあった。
名古屋のあと、高岡ら3人は、私の住む長野県南安曇郡穂高町(現・安曇野市)までやって来た。

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BAC(Buddha Awareness Cenntare)のカルマさんがホテルを訪ねて来た。
新婚の奥様も、タマン族である。
高岡さんを通じて知り合った。
タマン族は日本人に似ているので、
「どうしてネパールに来たの?」
と日本人だと思って呼びかけたこともある。
相手のタマン族は、
「???」
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by ngokathmandu | 2015-04-25 16:25 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、24

「で、私は何をすれば良いのですか?」
突然のおおきな話に途惑った。
高岡は、
「冒頭で講演をお願いします。村の現状を明らかにすることが大切です。女と、老人と、子供だけになった村を。そして、虐殺を。最後に『平和を考える会』を提案して下さい」
と言い、さらに主催は協会なのか、共同宣言は誰の名でだすか、どの対象に呼びかけるのか、などの問題は山積していると続けた。

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さようなら・・。
植林センターの窓から見える演習林。
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カトマンズに向かう途中のカルチの町。
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by ngokathmandu | 2015-04-24 16:14 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、23

「私も彼に会い、頼みました」
若く、背が高い東が言った。
やや小さめの眼は、アルカディアで羊番をしている少年のように優しい。
東は続けた。
「パタックさんは忙しそうで、何度か約束してやっと会えました」
ネパール人との約束は難しい。

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まさし君、マイリー、バサンティ、ミナさん。
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まさし君、バサンティ、ミナさん。
まさし君は、父母が離婚した。
今、ロク氏に引き取られている。
バサンティは、カウレ村で一緒に苗の水やりをした。
父はマレーシアで事故死した。
今、学生寮に入れて勉強させている。
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by ngokathmandu | 2015-04-23 12:54 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、22

高岡、東、蓮見の3人は、ネパールに和平を実現しようと、すでに私のずっと前を走っていたのだ。パタックは、政府側に捕えられた毛派の手紙を家族に届けたり、逆に毛派に誘拐された警察官が虐待されないよう、頼みに行った人である。長年の努力は、双方の信用を獲得した。彼が乗り出せば、あるいは平和への話し合いが始まるかもしれない。

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いつも植林センターのすぐ下にある見晴台から、トゥプチェのNO2地区を眺める。
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25年間、村の人たちが努力した結果がそこにある。
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by ngokathmandu | 2015-04-22 09:06 | ネパール植林地

オリーブの一葉

2015、4、21

高岡は続けた。
「その場で、先生が福岡で提案された『平和を考える会』を立ち上げませんか。最初からうまく行くかどうかわかりませんが、ともかくやってみよう、というのが私たちの考えです」
「パタックさんが本当に来ますか」
私は思わず腰を浮かせた。
「来ます」
と東が自身がありそうに答えた。

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なんでこんなに見事に実が付くの、と言いたくなるほどパパイヤは生っている。
植林センターの周辺には、木々も最も種類が多い。
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何か知らない花もあった。
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by ngokathmandu | 2015-04-21 08:36 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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