NGOカトマンドゥ日記

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ゴルカから来た女

2014、11、18

ロクが示した写真は、毛派ゲリラの小隊が、トゥプチェに進出していた時のものだ。
小隊は、戦闘員や支援部隊、慰問団など、25人から30人で構成されていた。
武器はインド製のライフル、まれにアメリカ軍の制式銃M16、カラシニコフ軽機関銃、手製のソケットボムと呼ぶ手投げ弾、などである。
支援部隊は食糧や武器を運ぶ。
時には、戦死した仲間の遺体を運ぶ。
戦闘が激化して、遺体が運べないときは、首を切り落として運ぶ。
慰問団は、短い劇や舞踏をする。
内容は、言わば共産党の宣伝だ。
その戦闘員の中に、髪の長い若い女がいた。
「背も高いですし、髪が長いのです」
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小さな籠を覗いている子供たち。
中には、赤ん坊がいる。
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by ngokathmandu | 2014-11-18 19:44 | ネパール植林地

ゴルカから来た女

2014、11、17

信心深いロクは、サニタやラビ(いずれも仮名)が死んだと聞いたとき、思わず
「神などいない」
と言ったのを、ずっと後悔していたのだ。
陽が西の山際に沈もうとしている。
ロクは、神聖な場所とされるゴサインクンドの方角に視線を送った。
「サニタが生きているとすれば、代わりに死んだ女がいたはずです」
振り返ったロクは、一枚の写真を懐から取り出していた。
毛派ゲリラが、村に来ていた時のものだ。
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BAC(Buddha Awareness Center)のカルマさん。
BACも私たちから苗をもらって、インド国境や、ランタン地区に植えている。
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by ngokathmandu | 2014-11-17 20:27 | ネパール植林地

ゴルカから来た女

2014、11、16

ロクは、直接は答えず、思い詰めた表情になった。
「神が私を試したのです」
何のことかは、すぐわかった。
ロクが、トリスリ河の流れに飲まれた牛を助けようとした事件である。
何か異常を感じた村人が、ロクの後を追ったのだ。
村人には、牛は見えない。
ロクは、河原で転び、足を折った。
「あのとき、私は死ぬと思いました。それでも牛を助けなければ、と一生懸命でした」
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苗に水をやるミシン教室の先生。
時には、生徒全員が手伝った。
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by ngokathmandu | 2014-11-16 20:27 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、15

ロクは、私より前に着いていた。
たった一本の松だが、直射日光を遮って、暑さを感じさせない。
近づくにつれ、ロクの顔が蒼ざめているのに気付いた。
ロクは、もう少し木に近づくようにと私を誘った。
「半年前から、妙な噂を耳にしたのです」
私は、ロクがいったい何を言い出すのか、怖くなった。
「実は、ポストの娘サニタ(仮名)が生きているというのです」
周りから、音や色が消えた。
「どうしてそんなことがあり得ます?軍が遺体を確認したのですよね」
バンダリが調べてきた事実と違うことがあり得ようか。
「私も最初は信じませんでした。でも、あの人から、娘は無事だと言ってきたのです」
あの人とは、ポストに違いなかった。
マネ村とタンダパニ村の境に、この一本松がある。
谷から、風が吹き上げて来た。
「では、死んだのは誰なのです」
私は思わず口走った。
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このホテルに居れば、たとえ戦闘が激化しても、歩いてでも空港までは行ける。人間の争いをよそに、ブーゲンビレアがいつでも咲いていた。
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by ngokathmandu | 2014-11-15 22:55 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、14

ラビ(仮名)とサニタ(仮名)が戦闘死して1年が経っていた。
ロクの傷も癒え、歩けるようになった。
そんな頃、彼は私に打ち明け話があるからと、マネ村の一本松に来るよう誘った。
2004年は、まだ内戦中である。
植林センターを出て、トリスリ河の右岸の道を行くと、大きな地雷の穴があった。
その縁を通り、トリスリ河の支流サラク川をさかのぼる。
少し離れて、ロクの義弟ラムサランが、後を付いて来るのに気付いた。
見つからないように長身をかがめて歩くので、よけいに目立っていた。
ロクが、護衛のつもりで付けたのだろう。
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まず、貯水タンク。
そこから水を引いて、苗にかける。
それこそ、国連のナラヤンが、私に教えたことだった。
1988年のことだ。
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by ngokathmandu | 2014-11-14 22:20 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、9

神の使いの牛を助けようと、トリスリ河の濁流に飛び込んだロクは、ひざの骨を折った。
不思議なことに、誰にも牛は見られていない。
一年がたった。
ロクの足は癒え、普通に歩けるようになっていた。
ある日ロクは、
「実は、変な噂を聞いたのです。誰にも話せないので、明日、マネ村の一本松で会いませんか」
と言った。
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カウレ村の苗畑。
高地のせいか、下より生育が良くない。
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by ngokathmandu | 2014-11-09 10:18 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、8

ネパール共産党毛沢東派の大物、ポストと血が繋がっていたロクは、二人の子供が政府軍に撃たれて死んだと聞き、
「神などいない」
とつぶやいた。
だが、その後、ずっと後悔していたのだ。
だから、神の使いの牛を助けようと、トリスリ河の濁流に飛び込もうとした。
血相を変えたロクの異様な姿に、村の人が後をついて来た。
誰の目にも、牛は見えなかった。
夕暮れ時、うす暗い河原を走るロク。
バルビゾン派の絵画のような光景だった。
ロクは、濁流に足を取られ、右膝を骨折して、村人に助け上げられた。
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平穏なトゥプチェ村。
だが戦争の影は、人々の生活を一変させた。
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by ngokathmandu | 2014-11-08 11:13 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、3

毛派ゲリラの司令官太郎とは、その後会うことが無かった。
2年後、トゥーロ村での戦闘を知った。
太郎は重傷を負い、三郎たちは射殺された。
そして、一緒に植林をした二人の子供たちは死んだ。
「神などいない」
と、思わず絶望したロクに、異変が起きていた。
ロクは、雨でトリスリ河が増水した日、濁流の中に一頭の牛が流されてくるのを発見した。
ヒンドゥー教徒にとって、牛は神の使いである。
ロクは、何としても牛を助けようと、河原を走り、水の中に飛び込もうとした。
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踊るバサンティ。
カウレ村では、苗に水をやった。
今、7年生になって、すっかり大人びている。
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by ngokathmandu | 2014-11-03 10:40 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、2

毛派首領で4000人のゲリラを率いる太郎に対し、初めて私は植林の趣旨を話すことが出来た。
このチャンスを逃してはならない。
「泉を復活するには、森を作らなくてはなりません。森作りこそ、子供の命を守るのです」
苗は日本の小中学生が牛乳パックを集めて費用を捻出した。
半年以上続く乾季を凌ぐために、著書を売って貯水タンクを作った。
太郎は腕組みをして、黙って聞いていた。
私は、苗や貯水タンクを作るセメントを運ぶための道路建設を願った。
太郎は、
「わかった。後で会議を開き、結果は伝える」
と言い残し、次郎、三郎たちと一緒に闇へ消えた。
私の両足は、夜が明けるまで動かなかった。
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緑化したトゥプチェ。
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by ngokathmandu | 2014-11-02 20:04 | ネパール植林地

ポストの死

2014、11、1

「ネパールの子供は下痢で死ぬのです。一番死亡率が高い病気です」
ゲリラの司令官太郎は、あんぐりと口を開けていた。
「森が消え、湧水が枯渇してしまいました。子供も川の水を飲まざるを得ません。だから下痢になるのです」
「ほう」
太郎は静かに聞いていた。
次郎も、三郎も、神妙だった。
「私は、その事実を、カンティ小児病院で、ネパールの小児科医、デキシット先生とYBシュレスタ先生に学びました」
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マネ村は、10万本を超す森がある。
単純に計算すれば、一人当たり、赤ん坊も、老人も、100本の成木を持つに至った。
水に不自由しない。
貯水タンクから、きれいな水が飲める。
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by ngokathmandu | 2014-11-01 20:38 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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