NGOカトマンドゥ日記

<   2013年 12月 ( 27 )   > この月の画像一覧

乾季のゼネスト 

2013、12、31

二十三年間で、五十万本以上の森が出来た。
日本の小、中学生は、一千三百五十万枚以上の牛乳パックを集め、約九十万本の苗をネパールで作った。
活着率は、およそ56%である。
専門家から見れば、奇跡か、嘘だ。
だから、国連事務所は二回も見に来た。
大使館も一度来た。
奇跡というより、人びとの努力の結果に違いない。
e0155370_18154966.jpg

だから、コングレス〔国民会議派〕の旗など振るなって・・・。
ここは、植林地なの。
e0155370_1818942.jpg

水がめに水を満たすため、集まっている村人。
森が広がりつつある。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-31 18:03 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、30

ヌアコット郡カウレ村は、別天地である。
チベット仏教の信者たちは、貧しくとも仏と生きようとしている。
念願のグンバ〔寺〕もできた。
仏像も出来つつある。
二月か、三月には、開眼式がある。
e0155370_1745642.jpg

フルマヤさんが、貯水タンクから引かれた水を、ガグリ〔水がめ〕に受けている。
子供たちが手伝う。
暑くもなく、寒くもない。
日中の気温は、20度前後だ。
e0155370_17483344.jpg

中央の暗くなりつつある巨大な山は、既に緑化が終わったトゥプチェである。
下に展開する森はカルカレ村、タンダパニ村、マネ村と続く森である。
23年の年月が流れた。
緑化の先達のアイマンシン老やチャンドラ老は、既にこの世の人ではない。
バンダリ老、私、そしてロクが残された。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-30 17:39 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、29

カウレ村の植林の先頭に立つマン・バハドゥールとブッディ・バハドゥールはラマ僧である。
ラマ僧は嘘を言わない。
嘘を言いそうになると、黙ってしまう。
二人とも交互に、地雷が敷設してある山道を、いつも私の前を歩いた。
三つも四つも、地雷が爆発した巨大な穴があった。
もしマンか、ブッディが踏み抜けば、その後を歩く私もぶっ飛んでいただろう。
e0155370_17281580.jpg

気温は20度くらいで、誰もTシャツか腕まくりしたりの軽装である。
乾季の空は青く、澄み渡っている。
季節としては冬なのだが、サクラの木やポインセチアの木が見える。
e0155370_17315745.jpg

私は、写真を撮ったり、空を見たりしていた。
寒くなると、Tシャツの上から長袖を羽織った。
しばし、自分はどこにいるのだろうか、といぶかしむ。
ここはネパール、ヌアコット郡、カウレ村だ。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-29 17:21 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、28

グルン族やタマン族の村では、広場をコングレス〔国民会議派〕の旗や候補者の写真で囲み、人だかりもしている。
コングレスがだめだから、毛派〔毛沢東派。ネパール共産党毛沢東派〕にしたのでは?
民主党がだめだから、自民党が復活したようなものかもしれない。
e0155370_1771514.jpg

カウレ村の植林地には、およそ25、000本の樹がある。
半分は人の背丈を越す。
今は乾季で冬だから、枝打ちをする時期だ。
私は、日本のノコギリで、片っ端から枝を打つ。
すぐに疲れ、
その枝を切って、とか、
その枝から下は、全部落として、とか、
口だけになる。
e0155370_17142863.jpg

今年植えた苗の活着率は、98%である。
専門家なら、誰も信じまい。
秘密は、スタッフの泊まりこみの水やりである。
無論、村人の情熱も半端ではない。
牛乳パックを集めてくれた、日本の小、中学生に感謝の手紙を書いた。
牛乳パック15枚で、1本の苗が現地で出来る。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-28 16:57 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、27

内戦が終了した2006年11月以来、いったい何が村々であったのだろうか?
深層のところは、私には分からない。
1年に、実質27日か30日は現場にいたつもりだが、いつ、何が、どう変わったのか、正直のところわからない。
しかし、変わったのだ。
e0155370_16494862.jpg

写真はグンバ〔チベット仏教の寺〕の2階。
この正面にステージを組み、ご本尊を安置する。
予定では、3ヵ月後、多分2月の終わり頃、開眼式が行われる。
首都から、前世にもラマ僧だった偉い方が、出席する。
私も初めての体験だ。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-27 15:33 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、26

チベットビルマ系のタマン族やグルン族が、本当にコングレス〔国民会議派〕に投票するのか?
それとも、ポウズだけなのか、選挙当日になって分かった。
e0155370_21422089.jpg

今、カウレ村のグンバ〔チベット仏教のお寺〕で、仏像作りが始まっている。
まず、針金で形を作り、カトマンズから運んだ粘土で、おおよその仏像の姿になってゆくらしい。
一流の仏像師を紹介してくれたのは、BACのカルマさんだった。

首都の仏教団体BACが、植林を始めて2年経つ。
苗は、私たちが提供している。
きっかけは、名古屋で住職をしている高岡さんから、BACの集会で植林の講演をするよう、頼まれたからだ。
当日は、高岡さんや東さんが一緒にいて、ラマ僧たちに講演する私のまずいネパール語を聞かれてしまった。
とは言え、結果は意外にも、BACも率先して植林をする、ということになった。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-26 21:37 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、12、25

選挙は見たことがあるが、村の中がこのように政治的な立場を旗幟鮮明にすることに驚いた。
大体、毛派〔ネパール共産党毛沢東派〕は、地方を押さえているはずだからだ。
10年以上続いた内戦〔2006年2月~2006年11月〕でも、戦闘でまず地方を制圧してから都市へと移った。
同時に、ということもあった。
毛派の党首プラチャンダの写真は、われわれが作った貯水タンクにも貼ってあった。
その地方で、毛派への裏切り?が続出した。
苗に水をやるために村へ行くと、カウレ村を除いて、皆選挙に夢中で植林どころではない。
そこは、それで面白かったのだが・・・。
e0155370_21313223.jpg

タマン語通訳のミナさん、とバサンティ。
バサンティやジョティは、いつも水やりを手伝ってくれた。
バサンティの父は、マレーシアへの出稼ぎ中に亡くなった。
建設現場での事故らしいが、詳しいことは分からない。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-25 21:21 | ネパール植林地

乾季のゼネスト  

2013、12、23

タマン族の村、グルン族の村に異変が起きていた。
7年間の毛派〔ネパール共産党毛沢東派〕の政治に嫌気が差し、なだれを打ってコングレス〔国民会議派〕指示にターンしたのだ。
これは、11月19日の投票日に行って、確認出来た。
e0155370_109714.jpg
昼食中のスタッフ。
右からミナさん、ロクさん、ノムラジさん、ランバブの娘と母、一人おいて、バサンティ。

[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-23 10:06 | ネパール植林地

乾季のゼネスト  

2013、12、21

空と森を見ていれば、切迫した状況はどこかへ行っている。
e0155370_1951535.jpg

2002年11月。
マン・バハドゥール・ラマは、まだ地雷が埋めてあった山道を、常に私の前を歩いた。
やっと着いたカウレ村の植林地は、岩だらけの急な斜面だった。
しかし、その岩の間に、その年に植えた小さな苗が生きていた。
斜面上から、
「メメ」
「メメよう、こそ」
と沢山の声がした。
「メメって何?」
スタッフのランバブは、黙って私を指し、
「グランパ」
と言った。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-21 18:50 | ネパール植林地

乾季のゼネスト  

2013、12、20

カウレ村も、内戦で犠牲者を出している。
毛派に殺されたのだ。
毛派は、村のコングレス〔国民会議派〕、大地主、元国軍兵士、村長、などを標的にした。
e0155370_18421030.jpg

水は、途切れずに出る。
貯水タンクのおかげである。
水を確保できたから、森がある。
[PR]
by ngokathmandu | 2013-12-20 18:37 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
NGOカトマンドゥ
カテゴリ
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧