NGOカトマンドゥ日記

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乾季のゼネスト 

2013、11、30

そもそも、19日の選挙が出来るのか?
外国人の私は危惧する。
ホテルからあちこちへ電話して、状況を確認する。
ヌアコット郡へのバスは、完全に止まっていた。
どうもカトマンズ市内には行けそうなので、止まっているタクシーを探した。
やっと見つけた若い運転手は、
「スト中だからターメルまで500ルピーだ」
という。
「昨日は250ルピーだった」
と適当に反論すると、
「じゃあ、400で行く」
ということになった。
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銀行は当然開いていないから、街の両替屋さんを探す。
現金を取り出すときは緊張する。
両替した札束をザックに入れ、ターメルの奥を目指す。
カトマンズの唯一の純喫茶千種へ入り、最近の新聞を探していると、筋田さんとミナさんがいるのに気づく。
「やあ、お待たせ」
というと、
「よく、こられたね」
と、びっくりされた。
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最初の日は、慌しく夕暮れになった。
ホテルからの市街地。
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by ngokathmandu | 2013-11-30 18:07 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、11、29

11月13日に着いたのだが、ネパール中で、バンダ〔ゼネスト〕が進行していた。
カトマンズ空港からナヤンバネスワールのホテルまで、バスもタクシーも、バイクさえ見かけない。
交通手段がなく、店が開いていないから、歩く人さえまばらである。
後で分かるが、地方はもっと深刻だった。
首都の交差点には、警察や、武装警察が銃を持って固めている。
たいしたもんだ。毛沢東派は。
いや、その中の一派であるバイディア派は・・・。
恐怖で、国民を金縛りにしている。
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空港では、駐車している車があっても、動いているのは少ない。
開いている店は、よほどの覚悟の上だろう。
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いつもは、車で身動きできないほど詰まっている路地も、閑散として埃も立たない。
乾季に、こんな状況があっただろうか。
ともかく、車はすいすい動き、あっという間にホテルに着いた。
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by ngokathmandu | 2013-11-29 18:04 | ネパール植林地

乾季のゼネスト 

2013、11、29

カトマンズを始め、ネパール全土でバンダ〔ゼネスト〕になっていた。
一般の車、バス、タクシー、バイクは走らず、歩く人さえ少ない。
店は閉じているところが多い。
19日の制憲議会選挙に反対して、毛派〔ネパール共産党毛沢東派〕の一部〔バイディア派〕が、スト指令を出した。
既に、車の焼き討ち、爆発物、殺人などが発生している。
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有明通りは、すっかり冬支度の有様だ。
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風に吹かれた葉が、地面に模様をつけている。
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タイ航空219便は、カトマンズ空港への着陸寸前、ヒマラヤと平衡になる。
神々の峰々。
右端は、エベレスト。
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by ngokathmandu | 2013-11-29 09:56 | ネパール植林地

安曇野の秋 

2013、11、11

カトマンズは静からしい。
ゼネストに入るので、バス、乗用車は、引き返している。
どこかで、爆破された車があったらしい。
噂ではあるが・・・・。
政府は、19日から4日間、お祭り扱いの休日にしている。
カトマンズのサクラさん〔ロクさんの末女〕に電話をかけて聞いた。
お父さん、緊迫していますから油断しないで下さい、と念を押された。
車は、全く走っていない。
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こんな光景は、絶対にないようだ。
多分、歩行者も少ないのだろう。
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by ngokathmandu | 2013-11-11 20:20 | NGO活動

安曇野の秋 

2013、11、10

雨と風の一日だった。
羽田へ荷物を送る。
岐阜の筋田さんから頼まれた子供の服などを梱包した。
自分の徒合わせて21kg。
たぶん、このくらいは何とかなるだろう。
今、ネパール全土がゼネスト状態だ。
予定表は、あくまで暫定である。
どうしても、カウレ村まで行きたい。
仏像の建設中だからである。
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13日は、たぶんこんな光景であろう。
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by ngokathmandu | 2013-11-10 16:43 | NGO活動

安曇野の秋  

2013、11、6

東さんは〔11月3日のこの欄を参照〕、日本ネパール協会の機関紙に、無実のゴビンダさんの人権救済を訴えられた。
協会のメンバーに、活動に参加するようにアピールされていた。
「東電OL殺人事件」とよばれたいきさつは、次のようなものだった。

1997年3月19日、井の頭線神泉駅近区のアパートで、東京電力本社勤務の渡辺泰子という女性が殺された。安曇野では水仙が芽を出すころである。
2ヵ月後の5月20日、ネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリ〔当時30歳〕が、出入国管理法違反〔不法滞在〕で逮捕され、すぐ容疑を殺人に切り替えられた。2000年、4月14日、東京地裁はゴビンダに対し無罪を言い渡したが、検察はこの判決を不服とし、すぐ控訴の手続きをとった。・・佐野真一著、「東電OL殺人事件」に拠る。
ここから、東さんたちの努力が始まる。
努力が実り、無罪を勝ち取るまで、16年以上が掛かったわけだ。
東さんは、獄中での通訳から、家族を連れに行っって面会させたり、数え切れないお世話をされた。

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黄色くなったゆりの木。
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by ngokathmandu | 2013-11-06 10:53 | NGO活動

安曇野の秋 

2013、11、5

高岡さんは〔11月3日のこの欄を参照〕、当時からネパール語に長けておられた。
ネワール族の仏教を研究し、ネワール語さえ話された。
1974年当時は、カトマンズに住んでいる日本人は、残らず分かったのだ。
数が少なかったからだ。
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池田町の公園は、だんだん訪れる人が減っている。
しかし、連休の中日である今日は、子供連れの家族も散策していた。
北アルプスは、雲に隠れている。
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by ngokathmandu | 2013-11-05 20:39 | NGO活動

安曇野の秋 

2013、11、4

ネパールでは、相変わらず、ゼネストやデモが続いている。
在ネパール日本大使館からは、毎日、警告のメールが出されている。
ちょうど、私がこれから行く時期にも、ゼネストが待っているようだ。
内戦時代のように、危険をかいくぐって行くのか。
とにかく、首都までは行かねばならない。
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ゆりの木が黄色く色づいている。
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この葉が散れば、いや、散らない内に冬が来る。

高岡さん〔11月3日のこの欄を参照〕とは、実は、1974年にカトマンズで出会った。
私は、カンチ国立小児病院から、いつも自転車で、ディリバザールの宿舎へ向かった。
今の日本大使館があるラジムパットの急坂を、駆け下りたのだ。
当時は、車もめったに走っておらず、道は空いている。
途中、高岡さんの家があった。
寄ると、日本から送られた海苔のびん詰めから、おすそ分けに与ったりした。
私は36歳だった。
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by ngokathmandu | 2013-11-04 20:18 | NGO活動

安曇野の秋 

2013、11、3

バイトが続いて、ブログを作る暇がなかった。
久しぶりに池田町の公園に行く。
秋はいっそう深まっていた。
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日本では珍しい「ゆりの木」が黄色になりつつある。
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やがて散ってしまうまで、いつも見続けている。
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前列、左から、私、東さん。
後は、高岡さん。

東京の東さんと、名古屋の高岡さんが、わざわざ安曇野を訪ねて来られた。
高岡さんは徳林寺の住職で、難民〔国籍を問わず〕を常時、支援しておられる。
東さんは、「東電OL殺人事件」の被告だったネパール人、ゴビンダさんを支援して、最高裁の判決を覆し、再審へと導いたグループの一人だ。
私とこの二人は、内戦時代に、
「ネパール平和構築ネットワーク」の共同代表、
として、共通の長い時間を持った。
九州で、名古屋で、東京で、ネパールの平和を目指して、集会を、講演会を行った。
東京へは、ネパールから、毛派と国王から頼られていたパタック氏を招いた。
それが出来たのは、東さん、高岡さん始め、蓮見さん、谷川さんなどの努力の結果だった。
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by ngokathmandu | 2013-11-03 20:09 | NGO活動



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