NGOカトマンドゥ日記

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カトマンズは不思議な町 

2011、1,31

寝る前には部屋のテレビを必ず見る。
ネパール語の勉強のためだ。
コマーシャルは良くわかる。
政治討論は、分からない。
分からなくても何でも、とにかく聞いている。
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ヒマラヤンテレビの画面。
文字は、7時、と書いてある。
つまり、ニュースの時間だ。
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サンセットビューホテルは、文字通り陽が沈む瞬間を見られる。
カトマンズの街が、静かに夜の闇に沈んで行く。
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by ngokathmandu | 2011-01-31 11:05 | ネパール植林地

カトマンズのホテル

2011、 1,30

カトマンズでは、いつも決まって、サンセットビューに滞在することにしている。
理由は、安全だからだ。
しかも空港に近い。
内戦中は、いつ空港へ脱出しなければならないか分からない。
その点、ここは歩いても何とか行ける。
繁華街のターメルでは、空港から遠いため、脱出に時間がかかり、途中で襲われる危険が倍増するのだ。
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3階の3号室から下を見ると、ブーゲンビリアが咲いていた。
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朝ごはんは、ビュッフェスタイルになっている。
私はご飯と味噌汁、それに野菜の煮物を食べている。
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庭は広く、日記や絵葉書を書いたり、友達に会ったり出来る。
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庭から入り口付近を見たところ。
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食堂の中も広い。
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by ngokathmandu | 2011-01-30 21:22 | ネパール植林地

カトマンズは不思議な町 

2011、1,29

カトマンズは不思議な街だ。
いろんな店があり、いろんな人がいる。
外国人は、時にはあっけにとられてみている。
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電気店から、さまざまのお店。
時々見かけるのは、3階にあるような留学斡旋の商売。
無論日本の学校もある。
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これだけの人数が同じ方向へ曲がって行く。
カトマンズでは、私は絶対に運転はできない。
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誰かが毛布に包まって寝ている。
犬も一緒に寝ている。
外人が珍しそうに見ながら通る。
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博物館〔元は王宮である〕前の大通り。
手も指もない女の人が、空き缶を前に座っている。
警官も、あまりにかわいそうで、放って置く。
大き目の札を入れたら、それだけとって懐へ隠した。
缶には、5ルピー札などの小額紙幣とコインだけが残った。
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by ngokathmandu | 2011-01-29 08:48 | ネパール植林地

カトマンズでの仕事 

2011、1,28

いつも、領収書に「荷積代」、とあるのは何だろう?と不思議に思っていた。
買ったからには、積み込んでくれても良いではないか。
自分で現場を見て、やっと分かった。
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帰り道、車窓からヒマラヤが見えた。
ガネッシュヒマールである。
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見えているのは、マナスル3山。
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喧騒の首都へ戻ってきた。
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カウレの二人の男が一緒だ。
この二人、カウレ村のマンバハドゥール・ラマさんとブッディバハドゥール・ラマ、さんは、内戦中、いつも私の前を歩いてくれた。
地雷の敷設場所を、知っていたからだ。
私は彼らの後ろを歩いたから、何の危険も感じなかった。
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首都郊外の、行き交うバスやトラックで埃がもうもうと舞うセメントや鋼材の専門店に行く。
ザックの中は、1000ルピーを100枚ずつ縛った札束がごろごろしていた。
二人の男は、黙々とセメント袋を積んでゆく。
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贅肉のない二人の男が、セメント袋をトラックに積み終わると、今度は鋼材を積み始めた。
彼らは給与がなく、積んだ荷の数に従って、口銭をもらっているのだ。
だから、積荷代が発生するのは当然だった。
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セメント袋を50袋積んだ後で、今度は鋼材を一気に持ち上げる。
それだけならまだしも、一枚の板の上を体制を崩さずに、トラックの荷台まで運び上げた。
2台のトラックが、セメントと鋼材を満載してカウレ村に向かったのは、3時間半が経過した後だった。
そして明日も、又2台のトラックが向かう。
トラックは村まで着けないから、途中から村びとが総出で、一つ一つの荷を背負って運ぶはずだ。
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黙々と荷を積む二人。
私は、息をつめて見守っている。
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by ngokathmandu | 2011-01-28 11:01 | ネパール植林地

カトマンズは不思議な町 

2011、1,27

カトマンズは、不思議な街である。
電気は絶えず供給不足、水は売りに来る車があるほど足りず、物価は高騰している。
それでも、人々は何とか暮らしている。
子供を二人抱えた里子のプージャもその一人だ。
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たまには自分のものでも買いなさい、とプージャを連れてカトマンズ一の雑踏、アッサンの街並みへ入る。
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ここには、何でもある。
布も、靴も、服も、穀物も、神様の絵も、カメラも、宝石も、金も、本物も、偽物も、何もかもあるのだ。
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プージャが熱心に選んでいる。
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こんなの、お呼ばれにどうかしら、と言っている。
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ネパール人は、どうしてこうもスンタラ〔みかん〕が好きなの?
誰もがそう思う。
どこでも売っているから、値切って買う。
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お父さん、バイクの3人乗りなんて、危ないじゃあないの。
そう言ったって、これは普通なのだ。
バイクに家族を乗せ、休みにバザールへ行くのは、一種のステイタスだからだ。
5人を乗せて走っているバイクさえも見たことがある。
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by ngokathmandu | 2011-01-27 21:46 | ネパール植林地

さようなら、トゥプチェ

2011、1,26

いよいよ明日帰ることになった。
カトマンズで、セメントや鋼材を購入しなくてはならない。
カウレ村で、グンバ〔ラマ教の寺〕を作るのだ。
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機械化された農業の始まり。
皆が物見高く集まってくる。
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でも本来の農業は、一人での手作業です。
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涸れ谷に植えられた木々。
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迎えのランドクルーザーが来た。
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by ngokathmandu | 2011-01-26 22:21 | ネパール植林地

母の橋

2011、1,25

母の橋へ向かう。
植林センターは、対岸にある。
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田や畑のあぜにも、河岸にも、いたるところに木が植えられた。
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遠くから見ると、母の橋は、いかにも頼りなげに見える。
でも、ここに橋を架けたことで、対岸へ行くのに1時間の時間短縮になった。
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バインシェ。
母の橋。
と、書いてある。
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80メートルの川幅を、鉄製の橋が渡してある。
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by ngokathmandu | 2011-01-25 22:08 | ネパール植林地

ベトラワティバザールの子供たち

2011、 1,24

発展途上国のネパールは、子供の割合が高い。
平和になった今は、余計そう思える。
内戦中は、植林センターがあるトゥプチェでも、ゲリラは学校へ入ってきた。
高学年の子供を、ゲリラ側にリクルートするためだ。
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山からへとへとで降りて来ると、ちょうど下校の時間だった。
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元気な子供たちに取り巻かれる。
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物怖じしない子供たちは、写真を撮って、とせがむ。
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女の子も、あとで頂戴ね、と元気が良い。
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by ngokathmandu | 2011-01-24 18:34 | ネパール植林地

ベトラワティの森 

2011、1,23

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崩れそうなところは、石垣や塀で囲ってある。
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約20000本の木がある。
樹種は、フタバガキ科の沙羅双樹〔現地名はサール。SAAL〕、もくれん科のチラウネ、若干のネパール松などである。他にも、桜の種類もある。
石垣は、牛や山羊が入らないように建設されている。
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フタバガキ科の沙羅双樹。
この木の下で釈迦が入滅された。
日本で沙羅、と言うと、夏ツバキと間違えられる。
バラ科、ではなく、フタバガキ科なのだ。
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虎から身を守るコンクリート製の非難小屋。
窓には鉄格子、ドアは鉄製である。
この森を作った恩人、故チャンドラさんのために建てた。
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フタバガキ科以外の木々。
クスノキ科、サクラ科、マメ科など。
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by ngokathmandu | 2011-01-23 17:20 | ネパール植林地

ベトラワティ・バザール  

2011、1,22

マネガウンから、ベトラワティへ下りて行く。
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ヌアコット郡とラシュワ郡を結ぶつり橋。
トリスリ河の右岸、左岸を結ぶ唯一の橋だった。
だから、ここから2キロ下流の地点に、母の橋を架けたのだ。
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河沿いに学校があって、子供たちの声が元気に溢れていた。
見えている木々は全て植えたもの。
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ベトラワティバザールへ入る。
私がドゥルガさんに出会った38年前は、家が2、3軒だけだった。
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ベトラワティバザール。
どうしてこんなに乗るの?、と言うくらい屋根まで人々で溢れている。
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21年目の牛乳パックの森〔ベトラワティの森〕。
故チャンドラさんが苦心して作った。
コンクリートの橋が、トリスリ河の支流に架かっている。
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by ngokathmandu | 2011-01-22 20:54 | ネパール植林地



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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