NGOカトマンドゥ日記

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今までの日記

本日からブログを更新します。過去のは一括して載せました


8月5日
デビィさんを尋ね、ネパールの植林について相談する。
現地から送ってきた領収書の内訳、数字に間違いないか確かめる。ネパールの数字は6が7である。1と9も紛らわしい。野菜カレーをごちそうになる。ガラムマサラはクミン、メティ、コリアンダー、などらしい。唐辛子も効いている。お代わりして食べる。現地の自立に向かって何が必要か話す。デビィさんは理解するが、これをどう伝えるか、難しい。

8月9日
現地のロク氏に電話する。今は現地まで国際電話が通じる時代になった。湯帯だし音が続く。しばらくしてロクの奥さんらしい人の声。挨拶を交わした後、今日は夜勤で帰らない、という。それでは明日掛けなおします、時間は7時ころと伝える。7時とは現地時間で、日本では夜の10時半ころになる。

8月10日
夜、電話する。21日ころにお金をTさんから受け取って欲しい。金額は多くないが、とりあえずスタッフの12月までの給与である。滞在場所は、1週間ごにまた連絡すると伝えた。植林は終えた。雨は順調に降っている。

8月18日
Tさんの滞在先のホテルを教える。ロク氏がカトマンズに行くか、息子のタケシか、娘のサクラが受け取るように、と。Tさんには事情をメールする。円をルピーに両替しなければならなかったから、銀行をいくつも回ったのだろう。本当にありがとう。

8月22日
Tさんからメールでお渡ししました、と連絡があった。サクラが受け取った。ロクは仕事が忙しく,これなかったようだ。サクラを見れば、日本人なら誰でも信用するだろう。6人娘の中で一番の清楚、純真な美人だからだ。

8月24日
ロク氏に電話する。受け取りにカトマンズに出る、という。林道や貯水タンクのの資金は今作っている、もう少し待って欲しい、と頼む。ランバブ君たちは植樹を終えた各村の現場に行って、本数や水に流されていないか、確認している。

8月27日
アフガンで伊藤和也氏の悲報が報道された。現地に根ざし、活動を続けてきた方だけに残念だ。深い哀悼を奉げる。

8月29日
大町の環境団体グリナーズビレッジから、牛乳パックの売り先の業者について問い合わせが来る。

8月30日
朝日新聞から「声」に私の原稿を採用したとの連絡が入る。 

9月1日
朝日の「声」にアフガンで殺害された伊藤和也氏を悼む文章が載る。

9月3日
バイトから戻って、ロク氏に電話するが夜勤でいない。奥さんと話す。
池田町の宮本民子さんからコンサートでネパールの植林に協力するとのメールがくる。ありがたい。本も売ってもらえると貯水タンクが出来るのである。

9月4日
ロク氏に電話し、今のセメントの値段、一袋でどれだけの長さの道路が出来るか聞く。2,3日で知らせることが可能と。

9月16日
ロク氏よりNO1林道の見積もり来る。セメントが高騰している。そのほかの人件費も高くなった。今年は200メートルしか出来ないかもしれない。

9月19日
インチュウさんに電話して、マネガウンのEグループの石垣の修理をテクさんに請け負ってもらう。牛や山羊が植林地へ入って、苗を食べてしまう。

9月20日
プージャに電話するがビジィでつながらない。マドゥさんに電話。アンギャナさんにプージャの美容院でのインターンシップをお願いする。50-5003りえさんと暮らしている。

9月25日
NO1の道路、200メートルにして、もう一度見積もりをロク氏に頼むことにする。セメントなどが高騰し、人件費も高くなっている。お金も足りない。

9月27日茨城の佐藤すみ子さんから便りとカンパが来る。本人が元気で農業をしているのは嬉しい。野菜を50種類も作ったという。

10月2日
千曲市のやじろべえさんで、上山田小学校の中村恒彦先生、森の笠井雪子さんに会う。牛乳パックの回収や講演の謝礼のカンパ、バザーのお金などをいただく。牛乳パックはキロ7円、持ち込みは8円。

10月3日
銀行から東さんへ送金する。NO1の道路建設の資金である。東さんは〔ネパール平和構築ネットワーク〕のメンバーである。NGOに協力して、現地まで行って水遣りをタマン族と一緒に行った。ネパール語は日本でも指折りの達者な人。

10月7日
伊豆でバイトが終わってホテルで洗濯をしていると、東さんから携帯に連絡があり、お金は受け取った、明日カトマンズに飛ぶ。銀行で両替はルクラから戻ってからすると。9日はダサインのため銀行は休みである。

10月8日
美須須高校から牛乳パックのお金、2100円が振り込まれる。これは現地で苗を420本出来る計算になる。

10月10日
MADHUさんの口座にお金を振り込む。カトマンズに月末に行く。インチューさんに立て替えてもらったお金の分。彼は信州大学農学部を出ている。植林地のヌアコット郡へも行ったことがある。

10月11日
ドゥルガさんのところへ車を置き、ご主人の車で松本空港へ。
福岡空港を経て、対馬へ。
       
10月22日
名古屋のTさんからメール。profからカトマンズに持って行っていただいた植林資金の明細が届く。

10月24日
東さんからカトマンズの銀行で両替した植林資金の明細が届く。少しずつしか資金は稼げないから、もどかしいが仕方がない。12月までは何とか資金が続きそうである。

10月27日
東京台東区のSさんが牛乳パックを積んで、支援に来てくれた。

10月28日
ネパールに電話する。今日はティハールというお祭りの日である。ネパールのカレンダーが壁に貼ってあるのでわかる。カウンターパートのNGOのロクさんは、植林活動の写真を送る、と。こんなお祭りの時に電話して、申し訳ないね、と言うと、かまいませんよ、と上機嫌であった。それもそのはず、子供たちが帰ってきて、父親からティカ〔額に赤い染料をつけるヒンズー教の儀式〕を受けるからだ。いいなあ、そんな祭りが3日間もあって。うちの娘たちは、松本、東京、筑波、カトマンズ、とちらばっている。ティカはおろか、なかなかあえないのである。
デビィさんにも電話して、カトマンズからエクセルの会計資料を送ってもらうことにする。

10月29日
木曽のすんき〔発酵食品でネパールにもあるグンドルック〕の女王、Nさんから、岐阜の方がカカニで植林を計画していると連絡があった。
安曇野市の堀金、喫茶アトリエの宮川さんが、本の販売〔貯水タンク建設資金〕に協力してくださった。

10月30日
支援者のかたからメールがあった。今日現在、100キロぐらいの牛乳パックが庭に積み上げてある。そろそろ松本の南のはずれにある、日光紙業さんに運ばないといけない。
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by ngokathmandu | 2008-10-31 16:37



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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