NGOカトマンドゥ日記

カテゴリ:ネパールの山よ緑になれ( 20 )

寒村だったベトラワティ

2013、3、11

1974年12月。
ランタンからの帰り道、私はドゥルガに出会った。
当時12歳である。
姉、シタのところにいたから、カンチ〔女子の末っ子〕と呼ばれていた。
壊れかけたつり橋を渡ったところで、偶然に会った。
もし、街道で靴の紐がほどけていたら、直すのに1分はかかっただろう。
1分遅れたら、出会わなかった。
不思議だ。
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人家、数軒の寒村だったベトラワティは大きく変わった。
今は大きなバザールである。
ベトラワティバザール道は広げられ、舗装されてしまった。
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by ngokathmandu | 2013-03-11 22:04 | ネパールの山よ緑になれ

ネパールへ旅たつ

2013、3、10

今日、私は、ドゥルガさんと長女のゆき恵さんと一緒に、ネパールへ発ちます。
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羽田便のタイ航空が運航されてから、日本を出発したその日の昼ご飯を、首都カトマンズで食べられる。
この国は、来るたびに必ず新しい発見がある。
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by ngokathmandu | 2013-03-10 09:48 | ネパールの山よ緑になれ

安曇野の春秋  

2012、11、11

深夜便でネパールへ旅立ちます。
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穂高有明の喫茶店。
窓からシジュウカラやヤマガラが水浴びするのが見える。
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有明山。
安曇野のシンボルだ。
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黄色の葉に変わったユリノキ。
赤いドウダン。
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安曇野の秋の風景。
籾殻を焼く煙が上がる。
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池田町の公園。
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雪をい頂く来たアルプス。
右から、五竜岳、鹿島槍、爺が岳。
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有明通り。
真ん中から西側。
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有明通り。
東側。

史上最年少で芥川賞を受けた大町市在住の丸山健二氏は、「さらば、山のかもめよ」の中で、安曇野の特徴を、

「高い山々や、深い湖や、清らかな河とは実に対照的な人びとの重くて暗い営みが、流木のようにごろごろしていた」

と書いている。

この小説は、ヨウさんという他県から安曇野の女性の婿となった男の、奮闘記のようである。
作者は、ヨウさんのウツクシイにこだわる生き方を批判しつつ、安曇野の人間との軋轢の結果死んでしまうまでを書く。
つまり、ヨウさんは「台風のせいで、うっかり信州の湖〔木崎湖〕へ飛ばされてきたかもめのように、戸惑う」人間であり、作者は結局、ヨウさんに深く同情してしまう、のだ。
作者の丸山健二氏は、安曇野を舞台に、
「月と花火」や「イヌワシのように」、など、自然と人間を色濃く物語る。
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by ngokathmandu | 2012-11-11 17:59 | ネパールの山よ緑になれ

安曇野の春秋  

2012,11,10

安曇野の冬は早足で来る。
今は、秋の名残だ。
芥川賞作家で大町在住の丸山健二氏は、安曇野の呪縛、という表現をする。
安曇野の自然の美しさや、人間世界のわずらわしさなどを、ひっくるめても、そこから逃れられない状態を言うらしい。
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環境フェアが大町で開かれた。
毎年、アフリカダンスを踊る若者がいる。
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籾殻を燃やす煙が漂う。
冬が近いことを知らせている。
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ドウダンが色づき始めている。
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あの緑だった芝生が、黄や茶色に変わって行く。
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有明山が霧の中である。
でも、まだ雪は見えない。
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by ngokathmandu | 2012-11-10 08:42 | ネパールの山よ緑になれ

安曇野の春秋 

2012、11、 9

安曇野の夏は長く、秋は短かった。
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春はいたるところが緑で溢れる。
常念岳、燕岳、爺が岳の雪が対称的だ。
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モクレン科の「ユリノキ」の蕾。
葉は、たおやかな薄緑である。
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菜の花が優しく広がり、白樺の幹の色が美しい。
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ついに、ユリノキの花が咲いた。
学名に、「チュウリップ」と付くほど、花の形が似ている。
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薄緑と、雪の白が、春の安曇野に広がっている。
さて、安曇野とは、どこからどこまでなのか?

安曇野市だけだとは、誰も言わない。
松本の人も、実は、郊外は安曇野の一部と思っている。
大町市も、無論、間にある松川村も、安曇野の意識で統一されている。

大町市在住の、芥川賞受賞作家、丸山健二氏は、自分の出身を問われると、
「信州です」と言い、さらに、信州のどこか、と聞かれれば、
「安曇野です」と言う、と書いてある。
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by ngokathmandu | 2012-11-09 22:32 | ネパールの山よ緑になれ

運命のつり橋

2012、 1、 9

人間の運命だけは、誰にも分からない。
今から、37年も前になる。
1974年12月。
あと何日かで、新しい年が始まるという寒い日だった。
ランタン谷から降りて来た私は、ベトラワティのつり橋を渡った。
もし、と言うことが許されるなら、橋への到着が1分早くても、あるいは遅くとも、12歳だったドゥルガさんに出会わなかったであろう。
従って、植林も無かっただろう。
そう考えると、人間なんて、実は何も分かっていないのだ。
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トリスリ河の支流のこのつり橋を、渡るものはいない。
平行して、立派なコンクリートの橋が架かっているからだ。
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by ngokathmandu | 2012-01-09 21:48 | ネパールの山よ緑になれ

貯水タンクの建設

2009,5,7

貯水タンクの建設のため本〔ネパールの山よ緑になれ〕を売っていただいています。

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カフェ・ド・ラペ さま
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by ngokathmandu | 2009-05-07 21:13 | ネパールの山よ緑になれ

苗から木になるには

2009,4,30

牛乳パックだけでなく、貯水タンクの支援も続いています。
山王小学校では、牛乳パックで苗つくり支援と、本の販売による貯水タンク支援も行なっていただきました。

牛乳パックは15枚で1本の苗になりますが、これが木になるまでには水が必要です。
1基40万円以上かかる貯水タンクは、主に寄付や本の販売で作っています。

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巨大貯水タンク


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マネガウンむらの貯水タンク


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カウレ村の第2貯水タンク
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by ngokathmandu | 2009-04-30 22:21 | ネパールの山よ緑になれ

ネパールのヌアコット郡にあるロータリーの学校

2009.4.18

久しぶりに、ネパールへ電話してみた。
現地の責任者であるLOK氏の携帯に、である。今、普通の電話よりもはっきり聞こえる。

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もう25年以上前に松本を中心にするロータリークラブの方々が作られた学校。
現地に移管して、立派に運営されている。
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by ngokathmandu | 2009-04-18 15:13 | ネパールの山よ緑になれ

水がなければ木にならない

2009,3、7

小中学校の牛乳パックの贈呈式が多い。1年間の牛乳パックの回収の結果、これだけのお金が集まりました、という式である。
私はお礼とともに、いったい何本の苗が現地で出来るのかをお話する。牛乳パック1キロで2本の苗が出来る。それまで1年の時間がかかる。

苗が出来てからは、大人の出番である。
セメントや鋼材を首都のカトマンズからトラックで運ぶ。
80キロの道のりが終わると、今度は人の背中で山の上まで担ぎ上げる。
次に穴を掘って、枠を作って、セメントを流し込む。貯水タンクは1カ月から2ヵ月かかって出来る。
お金は40万円から100万円必要だ。そのお金を一生懸命作るのが大人の役目である。

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福寿草だけが安曇野の春を告げています
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by ngokathmandu | 2009-03-07 18:38 | ネパールの山よ緑になれ



小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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