村での会議
2008年12月20日
また朝から水やりが始められた。村人90人、植林センターのスタッフ7人、ボランティアのカルマさん、私である。 夕方、2つの貯水タンクが空になった。苗木はあと6~7000本残っている。しかし水はない。 また水が溜まるまで待つしかない。 夜7時から、カウレ村と隣のDガウン村の代表が集まって会議になった。最初に私が話をする。 ロウソクの光が女性たちの顔を照らし出す。この2つの村はタマン族の村である。彼らは敬虔な仏教徒である。 「トゥプチェ、カルキマナカマナの村々に植林を始めて18年になります。森を作ることは皆さんにとってさまざまな利益をもたらします。木の根は水を捕まえ、泉が湧き、子供や老人が病気になるのを防ぎます。同様に根が張れば土砂崩れも防ぎます。枝打ちで木の葉は家畜の餌になり、糞は堆肥として畑に還元されます。森こそネパールの人々の生活に必須なものです」 どの顔にも真剣な表情が浮かんでいた。 「もうひとつ、これはポカラに近いガンドルンの女性リーダーであるピアリ・グルンさんが私に話してくれたことです。彼女は自分たちの村でグループを作り、村のゴミ拾いから出発し、ハンノキなどの森を作ったのです。その理由は、人が死んだとき薪が必要になるということです。でも貧しい人は薪が十分に買えません」 私とあまり歳が変わらない老人たちは、そのとおりだと言いたげにうなずいた。 「すると遺体は十分に燃えません。半生のまま河に流したり、土に埋めたりしなければなりません。これはすごく惨めなことです。だから子供たちが将来困らないように、森を残すのだ、とピアリさんは言いました」 私はピアリさんをトゥプチェに呼んで、女性たちに講演してもらったことがある。 「また最近では、森を外国に売ることが出来ます。と言っても、木を切って運んで行くのではなく、炭酸ガスの排出権を売る、つまり酸素を売るようなものです。世界にはそういうマーケットも出来ています」 出席した村人からいろいろな要望が出た。グンバ〔ラマ教の寺〕を作ってほしい、川に橋がなく 雨季に水が出ると学校に行けないのでお金を出して欲しい、などというのもあった。私は、 「皆さんが野菜を売ったり、お金を集めたり苦労してもどうしても足りない、ということなら、努力します」 一方的な援助は出来ないことをはっきりしたほうが良いのだ。 みな納得したように夜道を帰って行った。 カウレ村での代表者会議 Dガウンでの水遣り作業に参加した村人 カウレ村の植林地。このような斜面が延々と続く
by ngokathmandu
| 2008-12-20 21:04
| NGO活動
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