NGOカトマンドゥ日記

疑惑

2015、2、28

スマンは今でこそ職も得た。住むにも植林センターの部屋がある。が、もともと実家がない。いつも、フィクリ村に住む叔父を頼っていた。すぐにどこかへ行ってしまう父親より、よほど確かな存在だったからだろう。
フィクリは誰もが貧しく、僅かな痩せた斜面の畑にしがみついている村だ。誰が逃げ出せようか。逃げれば、土地は毛派に取り上げられる。だから、村全部が毛派になった。当時、そんな例は珍しくない。スマンの叔父は彼を誘い、毛派の戦闘訓練を受けさせたのだろう。
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マネ村のEグループは、ほとんどが毛派である。
そんなことに驚いていては、植林は出来ない。
だまし、だまされても、植林は大事だよ、と言い続けている。
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by ngokathmandu | 2015-02-28 19:42 | ネパール植林地
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