NGOカトマンドゥ日記

疑惑

2015、2、23

多くの貧しい農民の子がそうであるように、スマンも学校へやってもらえず、字が読めない。苗を植えれば奨学金が出て学校へ行けるはずだが、スマンには自分の土地と言うものがなかった。周囲がハイカーストのトゥプチェ地区では、勝手に植えることが出来なかったのだろう。
スマンの父ラトナは、かなり飲むほうである。タマン族は飲酒に抵抗がない。村の共同の仕事として濁酒作りがあるくらいだ。上流階級のバフン族やチェトリ族は飲まない。
ラトナは酒を飲んでは仕事を放り出し、それまで我慢強かったロクを失望させた。居づらくなり、女の家に住むことになった。さすがに、子連れで行くことは出来なかったのだろう。スマンは、はぐれた子山羊のように取り残された。
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緑化し始めたEグループの植林地から、学校帰りのカミ族の子供たちが、家路をたどっていた。
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by ngokathmandu | 2015-02-23 09:30 | ネパール植林地
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小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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