NGOカトマンドゥ日記

疑惑

2015、2、22

ラトナ(スマンの父親)は山を下り、ロクの田畑の耕作を手伝って暮らしていた。植林が始まると、そっちの仕事もやるようになった。苗を植える穴を掘り、水をやり、苗を作るための種取りもする。スマンは父を手伝わなくてはならない。日本人が来ると、苗にマーキングをするペンキの缶を持った。日本人は、
「スマン、ペンキの缶を持ってもらって、すまん、すまん」
などと、下らぬシャレを言う。だから名前はすぐ憶えられた。
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最後まで成功しなかったマネ村Eグループの斜面に、成功の兆しが出て来た。
25年目にして、初めて、200メートルから1650メートルまで、森が繋がった。
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by ngokathmandu | 2015-02-22 21:11 | ネパール植林地
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小中学生の牛乳パック回収によるヒマラヤの森作り
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